熱力学第二法則の気持ち【エントロピー】

2025/2/28
2025/2/28

この記事では、熱力学第二法則について説明します。

熱力学第一法則では、熱力学が対象とする 「系」 の状態が変化するとき、「仕事 + 熱 = 内部エネルギーの差」となるように、「熱」を定義 しました。 熱力学第一法則については、こちらの記事 も参照してください。

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熱力学第一法則の気持ち

熱力学第一法則について、その本質と実用例をわかりやすく解説します。

次はいよいよ、熱力学第二法則です。熱力学第二法則では、かの有名な 「エントロピー」 が登場します。 高校物理では触れない所ですが、なるべくわかりやすく解説していきます。


プランクの原理

熱力学第二法則ですが、いくつかの 等価 な定義があります。まずはその中でも、実験事実を元にした 「プランクの原理」 を見てみましょう。

プランクの原理

温度 TH,TLT_H, T_L が、TL<THT_L < T_H を満たす時、状態 (TL,V)(T_L,V) から (TH,V)(T_H,V) に至る 断熱操作 は存在するが、 状態 (TH,V)(T_H,V) から (TL,V)(T_L,V) に至る 断熱操作 は存在しない。

断熱操作とは、熱のやり取りがされない場合の操作 のことを言います。 熱力学第一法則の記事で内部エネルギーの定義の際に出てきましたね。

つまり、プランクの原理は 断熱操作前後の体積 VV が同じであれば、必ず温度は同じか高くなる変化しか起こらない ということを示しています。

プランクの原理

これは日常での直感とも整合します。

例えば、手をこすれば( = 仕事をすれば)、手は温かくなりますが、逆に「仕事」をするだけで手を冷やすことはできませんよね。 もし、プランクの原理が成り立たなければ、暑い日に、うまく体を動かせば体を冷やせるかもしれません。

直感的には、温度を下げるには、何かしら冷たい物を用意するくらいしか方法がない、というので理解できそうです。 (断熱膨張 すれば断熱操作で冷やすことは可能ですが、この場合必ず体積 VV が変わってしまっています)


ここまでが、熱力学第二法則の一つの定義である プランクの原理 でした。 次は、「サイクル」 という考え方を使いながら、熱力学第二法則の別の定義を見ていきます。

トムソンの原理

熱力学における 「サイクル」 とは、系がある状態変化を経て、最終的に元の状態に戻る操作 を指します。 どんな操作をしたとしても、最終的に元の状態に戻れれば、それは立派な「サイクル」です。

例として、一つの 熱源(温度が TT で一定であり、系に熱を与えるもの)を使った「サイクル」を考えてみます。 初めの系の状態を温度 TT、体積 VV としてみましょう。

  • 系を熱源につけて温度 TT を保ちながら、体積を変化させる \to 熱源を外して、体積を VV に戻す \to 体積 VV を保ちながら、熱源につけて温度 TT に戻す
  • 系を熱源につけず、体積を変化させる \to 熱源につけて、温度 TT に戻す \to 系を熱源につけて温度 TT を保ちながら、体積 VV に 戻す
  • 系を熱源につけず、体積を変化させる \to 熱源につけると同タイミングで、体積 VV に戻し始める \to やがて系の状態は元に戻る
等温サイクル

実に様々な方法が考えられますね。

しかし、実は、先程の プランクの原理 を変形すると、 このような 一つの「熱源」を用いたサイクルによって 「仕事」 を取り出すことができない ということが示されます。 これは 「トムソンの原理」 と呼ばれ、熱力学第二法則の一つの定義として知られているものです。

証明は少し複雑なので省きますが、興味があれば調べてみてください。

「仕事を取り出す」 というのは、簡単に言えば、「系がした仕事の方が、系がされた仕事よりも大きい」 ということです。 小さい動きで、より大きな動きを引き起こす、というイメージですかね。 そんなことは熱源一つだけではできない、というわけです。(厳密ではないです)

そしてこの事実もやはり、日常の直感に合致しています。

もし、「トムソンの原理」が成り立たない のなら、例えば という熱源を使って、サイクルを繰り返すことで ほとんど無限に「仕事」を取り出し、何かしらの機械を動かすことができます。
途端にエネルギー問題は解決してしまいますね。( 第二種永久機関 と呼ばれるものです)

一つの「熱源」を用いたサイクルによって 「仕事」 を取り出すことができない という主張を理解するのが難しい場合は、 このような 第二種永久機関 が存在しないと捉えると良いでしょう。


ここまで、熱力学第二法則の等価な定義として、プランクの原理トムソンの原理 を見てきました。

プランクの原理やトムソンの原理は直感的にわかりやすいですが、これでは数式として扱うことができません。 そこで、少し工夫を行って 「カルノーサイクル」 というものを考え、「カルノーの定理」 という数式に落とし込みます。

カルノーサイクルとカルノーの定理

カルノーサイクル とは、2 つの熱源を利用したサイクルです。 これを利用することで、熱力学第二法則を数式で表現すること ができるようになります。

ただ、これも理論が複雑であるため、

  1. カルノーサイクルとはどのようなサイクルか
  2. どのような式が成り立つか(カルノーの定理)

の 2 点のみを解説します。証明は行いません。
ここで重要なのは、熱力学第二法則(トムソンの原理)を言い換えている という点です。

カルノーサイクル は、2 つの熱源 (温度 TH,TLT_H, T_LTH>TLT_H > T_L)を使い、下記の 4 つの手順によります。 ただし、始めの状態は、温度 THT_H、体積 V1HV_{1H} とします。

  1. 系を熱源 THT_H につけ、体積を変化させる:温度 THT_H、体積 V2HV_{2H}
  2. 系を熱源 THT_H を外し、温度 TLT_L となるまで断熱操作する:温度 TLT_L、体積 V2LV_{2L}
  3. 系を熱源 TLT_L につけ、体積を変化させる:温度 TLT_L、体積 V1LV_{1L}
  4. 系を熱源 TLT_L を外し、温度 THT_H となるまで断熱操作する:温度 THT_H、体積 V1HV_{1H}
  • なお、逆向きのサイクルも可能な操作とします(準静的であると言います)
カルノーサイクル

この時、系が熱を受け取ったのは、1 と 3 の時のみです( 2 と 4 は断熱操作)。そこで、受け取った熱をそれぞれ QH,QLQ_H, Q_L とします(奪われた場合は負の値)。 すると、 熱力学第一法則トムソンの原理 を用いれば、なんと下記のことが言えるのです。

カルノーの定理

カルノーサイクルにおいて、以下の等式が成り立つ。

QLTL+QHTH=0\frac{Q_L}{T_L} + \frac{Q_H}{T_H} = 0

この等式は、トムソンの原理を使いながら複雑な状況設定を経て導かれます。学問としては、もの凄く面白い論理展開なのですが、ここでは省略します。

繰り返しになりますが、重要なのは、カルノーサイクルを考えることによって、熱力学第二法則が数式に落とし込まれた という点です。

その結果が QLTL+QHTH=0\displaystyle\frac{Q_L}{T_L} + \frac{Q_H}{T_H} = 0 という式なのですが、意味が直感的に理解しづらいと思うので、解釈してみます。

以降は少し難しいところになるので、ゆっくり文章を噛み砕きながら読むと良いでしょう。図も下に載せています。

カルノーサイクルの解釈

まず、体積 V1HV_{1H} の状態と V1LV_{1L} の状態、体積 V2HV_{2H} の状態と V2LV_{2L} の状態は、それぞれ、断熱操作によって行き来できる ようになっています。 これを 同じ断熱線上にある と言いましょう。それぞれ、「断熱線 1」と「断熱線 2」 とします。

その一方で、体積 V1HV_{1H} の状態と V2HV_{2H} の状態、体積 V1LV_{1L} の状態と V2LV_{2L} の状態は、断熱操作では行き来できない です。 (厳密な証明は省きます。 1 方向であれば断熱操作でも移動可能です)

つまり、1 と 3 の過程は、熱源から熱を受け取り(または奪われ)、「断熱線 1」と「断熱線 2」の間を移動する 過程となります。 この二つの過程を比較してみましょう。

  • 1:熱源 THT_H から熱 QHQ_H を受け取り、「断熱線 1」から「断熱線 2」に移動
  • 3:熱源 TLT_L から熱 QLQ_L を受け取り、「断熱線 2」から「断熱線 1」に移動

さらに、カルノーの定理に戻って変形してみると、QHTH=QLTL\displaystyle \frac{Q_H}{T_H} = \frac{-Q_L}{T_L} が成り立つようです。

ここで、THTLT_H と T_L はどのような値でも良いことを考えると、カルノーの定理は、 熱源 TT から 熱 QQ を受け取り、温度 TT の「断熱線 1」上から「断熱線 2」上へ行き来する際、QT\displaystyle\frac{Q}{T}TT によらない ということを示しています。

言い換えれば、熱源一つを用いて異なる断熱線を行き来するとき、どんな熱源であっても、QT\displaystyle\frac{Q}{T} の値は 移動前後の断熱線のみによって決まる ということです。この点がカルノーの定理の本質であり、エントロピー を定義する上で極めて重要です。

以上がカルノーの定理の解釈になります。この定理は、熱力学第二法則を数式で表現するための基礎となります。


ここまで、熱力学第二法則の定義として、「プランクの原理」「トムソンの原理」 を見た後、 それを用いると 「カルノーの定理」 が導かれることを見てきました。

最後に、このカルノーの定理を利用することで、いよいよ 「エントロピー」 を定義し、「エントロピー増大則」 を示します。

エントロピーとエントロピー増大則

ここまで来れば、エントロピーの定義は簡単です。

同じ断熱線には同じエントロピーを割り当て、異なる断熱線のエントロピーの差を QT\displaystyle\frac{Q}{T} に対応させます。 すなわち以下の通りです。

エントロピー

ある基準状態(温度 T0T_0、体積 V0V_0)のエントロピーを S0S_0 とした時、 任意の状態(温度 T1T_1、体積 V1V_1)のエントロピー S1S_1 は、以下のようになる。

S1=S0+QTS_1 = S_0 + \frac{Q}{T}

ただし、QQ は、温度 TT の熱源のみを用いて、基準状態から温度 T1T_1、体積 V1V_1 に至る過程で受け取った熱である。(熱源を使わない断熱操作も可能)

カルノーの定理から、どのような経路、どのような熱源を選んだとしても、QT\frac{Q}{T} の値は同じになる ことがわかっているため、このように定義することができます。

  • 厳密には、「行き来できる」過程に限定しています

図に書くとすると、以下の通りです。同じ断熱線上には同じエントロピー が割り当てられ、その差は 熱源によらない値 QT\frac{Q}{T} に対応していますね。

エントロピーの定義

それでは最後に、エントロピー増大則 を述べて終わりましょう。

これも、熱力学第二法則の一つの定義となりますが、エントロピーの定義とトムソンの原理を用いれば簡単に証明ができます。(証明は省略)

エントロピー増大則

任意の断熱操作で、エントロピーは必ず増加する。すなわち、ΔS0\displaystyle \Delta S \geq 0 が成り立つ。

これがよく知られている、 「エントロピー増大則」 です。ただ、あくまで 断熱操作 での話なので、熱源を用いればエントロピーを減少させることも可能です。

しかし、この事実によって、熱力学第二法則 =(断熱操作では)エントロピーが増加する という形で表現でき、 見事扱いやすい数式に落とし込むことができました。

以降の熱力学の展開としては、ギブスの関係式 という熱力学で最も重要な数式を導き、熱力学の基礎が完成するのですが、今回はここまでとします。

  • よく、エントロピーの定義は、「乱雑さ」であると言われます。これは正しいのですが、熱力学的にはそのようなことは出てきません。 熱力学はあくまで、「無数の要素の集合体」において共通して成り立つ性質を考える学問のため、その無数の要素が乱雑かどうかは興味がないためです。
    「エントロピーが乱雑さを表す」というのは、微視的な要素を確率論的に扱って、巨視的な性質を見出そうとする 統計力学 という分野で導かれます。 (もちろん、熱力学での事実と統計力学での事実は整合しています)

いかがだったでしょうか。少し長くなりましたが、ここまでお疲れ様でした。最後にこの記事をまとめて終わりとします。

熱力学第二法則の等価な定義として、 プランクの原理トムソンの原理 、そして エントロピー増大則 がある。

  • プランクの原理:断熱操作前後の体積 VV が同じであれば、必ず温度は同じか高くなる変化しか起こらない。
  • トムソンの原理:一つの熱源のみを用いたサイクルによって仕事を取り出すことはできない。
  • エントロピー増大則:任意の断熱操作で、エントロピーは必ず増加する。

また、エントロピーを定義するにあたって、 カルノーサイクル を考え、カルノーの定理 を導いた。

  • カルノーの定理はカルノーサイクルを考えることで示され、カルノーの定理によってエントロピーの定義が可能となる。